劇団巌流 第二級

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zoom RSS 興廃初日、二日目に有り!

<<   作成日時 : 2014/02/14 14:20   >>

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『東京難民』公開まであと一週間。

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佐々部清監督新作映画『東京難民』
いよいよ2月22日から全国公開です。
昨今のシネコンは1週間の観客数を見て上映回数を減らしたりしますので、早めに観て欲しいと思います。
劇団員、チル友の諸兄・緒姉の皆さま是非、是非初日or二日目の鑑賞をお願い致します(^^ゞ

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佐々部監督ほろ酔い日記より抜粋転載
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2月22日(土)『東京難民』の東京公開・初日舞台挨拶は前回のここで紹介した通りです。
http://tokyo-nanmin.tumblr.com/post/75862333492/2-22

さらに翌23日(日)、僕だけが九州に飛んで舞台挨拶をすることになりました。
★ 鹿児島・天文館シネマパラダイス
http://tenpara.com/20140223.html

★ シネプレックス小倉(原作者の福澤徹三さんも一緒です)
http://www.cineplex.jp/kokura/information.php?info=984
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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シネプレックス小倉ではネットで舞台挨拶の回の販売を始めています。

前売り券で舞台挨拶の回観られるのか?電話で問い合わせました。
前売りでも入場は可能だそうですが、事前に座席券と交換をしてください。との回答でした。
通常は前売り券で座席券との交換は公開び前日からですが、、

『東京難民』舞台挨拶の回は昨日(13日)から交換してるそうです。

監督は下関出身、原作者は北九州市在住。
満席札止にならんことを願って(*^^)v

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コメント(3件)

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劇団員の皆様の感想が一つも出てきませんね。
まだ、観てないのでしょうか?
早く観てくださいね。打ち切りになりますよ…
そして、ここに感想を載っけてください。
良い評価、悪い評価、どちらも聞くのが一番の楽しみです。
佐々部
K.Sasabe
2014/02/25 22:29
はじめまして。
最近こちらに流れ着いた、いつかは劇団員(仮)と申します。
劇団員でない私がコメントしてもいいのかな・・・と思いつつも失礼を承知で初コメントさせて頂きます。^^;

「東京難民」拝見しました。
一言で申しますと・・・

もう一回観たい! いや、観る!

もし自分が彼のように転落してしまったらどうするだろう?生きていけるのだろうか?という如何ともしがたい恐怖に襲われましたが、その分、終盤の、"人の気持ち"に観ている私も救われました。
河原の人々の無条件な優しさだったリ、
篤志の悲しい優しさだったり、
順矢や茜の覚悟だったリ、
修の真っ直ぐさだったリ・・・。

私にとって映画館で映画を観る最大の理由は、他に何も邪魔されることなく画面に集中できる環境で、登場人物から"人の気持ち"というパワーをもらえるということ。

そういう意味でも、今回の作品「東京難民」、
うん、もう一回観に行きます!

最後になりましたが、佐々部監督、いつも素敵な映画をありがとうございます。^^
劇団の皆様、このような場を設けてくださり(しかも公開で!)、ありがとうございます。またお邪魔させてくださいね。^^
いつかは劇団員(仮)
2014/02/26 01:44
 最寄上映館の平塚で25日に観て来ました。エキストラ修行が全然できていない私には台詞付きの役を演じていた劇団員さんが大変にまぶしく見えました。
 さて良い評価以外は黙っていた方が良いのかなと思っていましたが、監督さんの上記のコメントを読んで感想を書かせていただくことにします。
 私は約6年前に前職を辞した後に聖書の奥義の理解のために格闘した結果、他の何物によっても得られない深い感動が聖書から得られるようになりました。そのため、他の事柄からは、あまり感動が得られなくなるという特殊事情が私にはあることを予めお断りしておきます。
 『東京難民』を観て、以前『私の中のあなた』を観た後と同じような疑問を持ちました。人はこれほどのドン底に落ちても、なお神仏に助けを求めないものだろうかという疑問です。私はキリスト教会に通うようになる前にも、苦境に陥っていた時期に何ヵ月間か、毎日のように神社に通って必死に祈った経験を持ちます。ですから、自分の力ではどうしようもない局面に立たされた時、人は自ずと神仏に助けを求めるのではないかと私は思うのです。『チルソクの夏』では郁子も神社で、『四日間の奇蹟』では真理子も礼拝堂で祈っていました。
 それ故、ラストで主人公の修が何を頼りに立ち上がれたのか、私には今一つ良くわかりませんでした。私は6年前に前職を辞する際に、会議の場で私の人格もプライドも木端微塵にされる経験をしました。そして神学校に入った後には、砕けた破片がさらに細かい粉末になるまでスリ鉢で刷り潰されました。そうして粉末になった私に聖書のことばが混合され、練り直されて今の新しい私が形成されました。この私の場合の聖書に当たる確かなものが修の場合は何だったのか。周囲の人々の言動がそれほどの力を与えるものなのか。見落としたことも多いと思いますから、早い機会にもう1回観たいと思います。
窒素之助
2014/03/01 22:25

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